起業のきっかけ
もともと土ものの器が好きで、全国各地の器をいろいろと買い集めて楽しんでいました。中でも特にお気に入りのスープカップがあって職場のお昼時間に使っていたんです。そのカップを手に取るたびに心が癒され、「ずっとさわっていたい」という気持ちが日増しに大きくなっていきました。そんな頃に出合ったのが沖縄の「やちむん」です。「やちむん」とは沖縄の言葉でまさに「焼き物」のこと。ぽってりとした厚めの生地に大胆な絵柄、なんともいえない大らかさとほんわかとした魅力に包まれた器たちをネットで見かけて一目惚れ。取り寄せたり関西まで買いに行ったりして、憧れをつのらせていきました。
2019年には思い切って沖縄に行き、さまざまな工房を巡り、行く先々で素晴らしい器や作家さんとの出会いがありました。たくさん器を買い込んで、ますますその魅力にどっぷりハマっていったんです。そのうち、「自分の好きな器を集めた器屋をやりたい」という気持ちが芽ばえたものの、実行に移すまでにはかなり悩みました。事務職として約20年積み上げてきた安定したキャリアを捨てられるか、定年後に実行してもいいのでは、とさまざまな葛藤がありましたが、「気力体力が十分な今だからこそやりたい、一度きりの人生に後悔したくない」と思い切って決断しました。
起業するまでの1年間を準備期間と定め、2021年2月に会社を退社。まず取り組んだのは起業や経営についての勉強です。全くといっていいほど知識がなかったので、金沢市や加賀市の創業塾に通ったり、ISICOが主催する女性起業家のお話を直接聞ける「小規模座談会」に参加したりしました。こうした場では起業までの実務的なノウハウを知るだけでなく、マーケティングやビジネスモデルの立て方などのトレーニングもできましたし、起業を目指す方々からも大いに刺激を受けました。
店舗は賃貸物件を探したのですが、なかなかこれというものが見つかりませんでした。なるべくコストも抑えたい…と考えついたのが自宅の改装です。道に面して物置状態になっていた和室を店舗にしようと思い立ちました。外から直接出入りできる扉を付け、押し入れを取り払うなどの簡単な工事で費用を抑えられました。おかげで運転資金も含めた開業資金は手持ち資金でまかなえ、借り入れは不要に。当初の計画どおり、2022年3月にお店をオープンすることができました。
大変だったこと
小売業は仕入れをして販売する業務形態なので、仕入れ先とのやりとりにやはり苦労しました。開業を決意するとすぐに以前から気に入っていた工房に声をかけ、新規開拓のために沖縄へも出張しました。出張前にInstagramで「これは」と思う工房を探し、直接アポを取って約1週間滞在することに。連日スケジュールをびっしりと埋め、レンタカーを借りて沖縄本島の南から北まで一人で約30軒を回りました。工房ごとにじっくりとお話しているとあっというまに時間がなくなり、昼ご飯や休憩をとる時間はほぼありません。新規参入の上に、コロナ禍という特殊な状況も重なって、オファーしても断られることが多かったですね。
それでも「断られたらまた次」と体当たりで交渉していきました。経験もなく、あるのは熱意だけ。でも、あれだけの数の工房を訪ね、こだわりの技術や製法について実際に見てお話を聞けたことは本当によい経験になったと思います。何軒かの工房とはおつきあいしていただけることになり、手ごたえも感じましたね。ただ、工房のほとんどが受注生産のため、発注してから納品まで3か月から半年はかかるのが一般的。中には人気があり過ぎて2年待ちの工房もあるほどです。取引が成立しても開店までに商品がちゃんと届くかどうか、気が気ではなかったですね。開店日に商品を並べてお客様をお迎えするまで、冷や汗の連続でした。
コンセプト・強み
なんといっても「やちむん」の魅力を存分に感じてほしいということです。やちむんは持つとずっしりとした重みがあり、それでいてやわらかな肌触りがあります。色遣いや柄はダイナミックで、地元の九谷焼のような繊細な器に比べると、戸惑われる方も多いです。そんな方々には「どんな料理にも使ってみてください。器が助けてくれます」とお伝えします。実際、器自体に力があるので、スーパーのお惣菜をのせても美味しそうに見えるんです。それでいて気どりがなく気負わず使える日常の器であるところもたまりません。沖縄の赤土を使い、土づくりや釉薬まで独特の特色があり、さまざまな工房を見て感じたこともできるかぎりお伝えしています。
やちむんのほかにも、琉球ガラスや、私が惚れ込んで工房を訪ねて取り扱いをお願いした作家さんの器を揃え、どれも愛おしくてたまらないものばかりです。そうした器をどう見せれば良さが伝わるか、とディスプレイにも気を配っていますね。メインテーブルでは新入荷した作品や季節に合った作品を定期的に入れ替えるなどの工夫も。事務職に就く以前にデパートで紳士服飾売り場を担当していたので、その経験も役立っていると思います。
店内ではすべての作品にふれることができます。器好きの方々は「見たい、さわりたい、手に取って感じたい」という気持ちで器の店を訪れるもの。私自身がそうですからその思いはよくわかります。いくらネットが発達しても、色や形の美しさ、風合い、厚みや重みといった焼き物の本当のよさは画面では伝わりません。実店舗ならでは醍醐味をこれからも提供していきたいですね。
やりがい
お客様の中には当店で初めてやむちんを知って集め始めた方がおられます。「料理を乗せたらすごく素敵だった」とInstagramに投稿される方も多いですね。そんなひとつひとつのエピソードが「やむちんの良さを広げられたと」と励みになります。最近では、ちょっと気の利いた贈り物を選びたいと、足を運んでくださるお客様も増えてきました。「面白い沖縄の器が揃っている」と思い浮かぶ店になっているとしたら、うれしいですね。
やはり好きなものに囲まれている日々は何事にも代えがたく、会社員の頃とは充実感が全く違います。自分がいいと思った器をお客様が選んでくださると、「わかってもらえた」という喜びがありますね。小さな店内でお客様同士の器談義に花が咲き、人の輪がつながっていくことも。私自身も器やお客様から癒しやエネルギーをいただいています。
今後の展開
やりたいことがたくさんあり過ぎて、ワクワクしています。いずれは自宅の一角ではなく、近くの独立したスペースにお店を持ちたいと考えています。広い空間で企画展はもちろん、好きな作家さんを招いての個展を開催したい。店内でものづくりのワークショップもできたらいいですね。
加賀市にはカフェやギャラリーなど面白いスポットが点在していて、近郊からドライブに来られる方も多いんです。当店も8号線からのアクセスがよく、周辺は豊かな自然に囲まれています。独立した店舗を持てたら、一角に景観を眺めてのんびり飲み物やスイーツを楽しめるコーナーがあってもいいかなと。器や自然にふれあい、心をリラックスさせる場になれれば理想的です。近い将来、3~5年内には実現させたいですね。
message/ 女性先輩起業家からのメッセージ
profile/ プロフィール
miite(ミーテ):河嶋 みゆきさん
加賀市出身。長年、器が好きで産地を巡るなどして収集を楽しんでいた。沖縄の陶器「やちむん」との出合いをきっかけに、器の小売店の開業を決意。約20年務めた事務職を辞め、2022年3月にやちむんや琉球ガラス、全国の作家ものの器を扱うセレクトショップ「miite」をオープン。ネットショップでの販売やイベント出店などを通じて、やちむんの魅力を積極的に伝えている。
※2023年度取材
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