起業のきっかけ
幼少期から食べるのは肉より魚。外食もお刺身を選ぶような子どもでした。5歳からスイミングスクールに通い、泳ぐことも大好きでしたね。連れて行ってもらったシュノーケリング体験で、海の美しさに感動し、「将来は水族館で働きたい」と考えるようになっていました。そのために魚の生態を学びたくて、水産系の大学を目指すも叶わず、県立農業短大(現石川県立大学)の食品科学科へ。そこから水産系大学への編入を狙っていたのに、趣味のスキューバダイビングの資金稼ぎのために始めたアルバイトにどっぷりハマってしまったんです。
運命的な出会いというか、バイト先の大手スーパーで偶然、水産部門に採用され、魚の扱い方をイチから教わることに。初めて作ったアジの三枚おろしが定価で売れたことがうれしくて、「これからは値段以上に価値があるものを提供できるようになりたい」とやる気に火がつきました。水産加工の仕事は、毎日値段が変わる魚をどう調理するかで利益が左右されるため、自由裁量が大きい。さばく技術によって味に差が出るので、腕の磨きがいもあるんです。短大卒業後は地元スーパーの水産部門に就職しましたが、結局、仕事の面白さに目覚めたバイト先のスーパーにパート従業員として戻りました。当時の上司にやる気をかわれ、片腕のように育ててもらいましたね。魚の発注から、下処理、さばき、値付け、売り場作りなど、ここで学んだすべてが、今の活動の土台になっています。
その後、店舗を移って水産部門で働くうち、売り手とお客さんの間の距離感にもどかしさを感じ始めます。旬のおいしい魚を食べてほしいのに、売れるのは安い解凍ものや定番の魚ばかり。ポップや売り場での声掛けもあまり響かない。「もっと魚のことを知ってほしい、それなら体験してもらうのが1番」と、休日を活用して、2019年2月から自宅アパートで会費制の「おさかな会」を始めました。毎回テーマを決めて、魚のフルコースをふるまいながら、味のポイントや適した調理法、産地情報などをレクチャー。当初の参加者は知人だけでしたが、徐々に増えていき、11月解禁の香箱ガニは月6回開催するほどの大反響でした。
ところが、2020年2月、コロナ禍の蔓延であえなく中断。それでも食べてもらいたい魚はたまっていく一方なので、今度は取り寄せた魚を調理してお弁当として提供する「おっそわけ会」をスタートしました。当時はテイクアウトブームだったので、売れ行きは上々。お客さんから「今の活動をちゃんとしたビジネスとして考えたら」と薦められたのをきっかけに、「起業」という選択肢が頭に浮かぶようになりました。
それなら起業を学ぼうと、いくつかのセミナーや相談機関に足を運んでいると、ISICOから「魚屋」を提案されたんです。金沢市の補助金ならば、修繕工事と冷蔵ショーケースに対して、補助率1/2・最大300万円が助成されるとのこと。さらに起業の際に融資を受けるには実績が必要との助言で、ISICOのチャレンジショップなどを活用して、弁当販売のポップアップショップを頻繁に実施しました。同時進行で、県主催の人材育成セミナーに通いながら、店舗物件探しも。その頃は、スーパーに勤務していたので、準備活動で休日がなくなってしまい、疲労困憊状態に。物件探しも難航していて、「もう自分の活動に専念しよう」と決意して退職。すると、1か月後にちょうどいい物件が見つかったんです。戸建て物件の1階を店舗に改装するなど、約半年の準備機関を経て、2022年11月に「おさかなゆきちゃん」をオープンしました。
コンセプト・強み
おさかな会を始める際に、自ら名乗り始めたのが「おさかなエバンジェリスト(伝道師」。目的は、大きく2つあって、「魚を好きになる」ためのきっかけづくりと、魚を通して人と人とをつなげる橋渡しです。今はその手段として、「魚屋」と月1回程度の「おさかな会」を運営しています。
魚離れがすすんでいるといわれますが、知らないから食べられていないというのが1番イヤなんです。まずは知ってもらう、食べてもらうことが大事。魚をさばくのが面倒でハードルが高いなら、無理にさばかなくてもいい。「そこは私がやるよ」と。なので、店頭に並ぶのは刺身と手作りのお惣菜が中心です。惣菜は、揚げ物・焼き物・煮物と旬の魚の美味しさを生かすシンプルな調理で提供。味が気に入ったら、自宅でも簡単に再現できます。「おさかな会」でも、お客さんはただ食べるだけで作らなくていい。「食べること」に専念してもらい、魚をネタに盛り上がってくれればいいと考えています。
ほぼ毎日朝5時に中央市場に足を運び、鮮魚を仕入れていますが、地物や天然ものだけにこだわっていはいません。全国各地に美味しい魚があるし、その魅力も知ってほしいので、お取り寄せもします。例えば、ホタテなら夏と冬の北海道産がおすすめ。そんなお魚情報をお伝えしながら、「ゆきちゃん、そろそろホタテの時期やね」「もうすぐホッケがおいしくなるね」と、お客さんが育っていってほしい。厳密にいうと、産地だけでなく、「生産者」や「さばき手」によっても全然味が違うので、そういったところもゆくゆくは伝えていきたいですね。
やりがい
起業によって、「24時間自分が好きに使える営業許可のあるキッチン」が手に入ったのは大収穫。好きな時間に好きな売り場で、好きなものを販売できるのがうれしくて。お客さんとの距離が近く、ダイレクトに反応がわかるのもいい。「ゆきちゃんのおかげで魚を食べる機会が増えたわ」「子どもが魚を喜んで食べてくれて、ゆきちゃんの店に行こうって言うんやわ」といった会話から、「伝わってるなー」と感じますね。
開店当初のターゲットは、40代ぐらいで健康を気遣うワーキングママを想定していましたが、実際は、女性は多いものの、30~70代の幅広いお客さんがいらっしゃいます。予想外だったのは、子育てを終えたシニア世代の多さ。子どもが独立したり、一人暮らしになったり、病気をしたりで料理をすることが少なくなった人たちにニーズがあったんです。年末年始のオードブルも2人前がよく売れました。スーパーの裏方時代には見えなかったお客さんたちの思いに気づけるのも、自店舗ならではだと思います。
大変だったこと
事業資金はすべて融資でまかなうことにして、日本政策金融公庫と、のとしんから融資を受けました。そのための事業計画書作成には、かなりの労力と時間がかかりましたね。文章が苦手な上に、自分がやりたいことを整理しないと書けない。悩み込んでしまうことも多く、書けるところまで書いて、人材育成セミナーの講師の方に添削してもらうことの繰り返し。最終的にISICOの中小企業診断士さんに見ていただいて、完成にこぎつけました。何が正解かわからない中での作業だったので、こうした専門家のサポートを受けられたのは本当にラッキーでした。
集客は、LINEやInstagramなどのSNSでの開店告知のみです。そのほか、おさかな会のお客さんの紹介で開店前日にテレビで生中継されたり、SNSを見た地元新聞やネット媒体、フリーペーパーで紹介してもらったりしました。ちょうど11月の香箱ガニ解禁の時期にオープンしたので、話題性があったんでしょう。この時期の開店を薦めてくれたのも先の中小企業診断士さんだったので、プロの分析力に関心しましたね。
起業してしばらくたつと、始めるより続けることの方がもっと難しいということに気づきました。スーパーの現場でプレイヤーとして長年の経験はありますが、ビジネスではそれだけではダメなんです。運営するためのマネジメント、今後を見据えた経営戦略が必要になってきます。目の前の忙しさに追われ、全力でやっていたら力尽きてしまうので。やりたいことと数字目標、体力などとのバランスを取りながらぺース配分し、オペレーションを整えていくことが目下のミッションです。
今後の展開
私にとって「魚屋」は終着点でなく、通過点。店舗だけではどうしても魚の魅力を伝えられる人数に限りがあるからです。今の店舗で収益のベースを作ったら、魚の解体ショーや魚のさばき方教室などのイベントを通じて、より広く魚を知ってもらえる活動をしたい。そのために、店舗をまかせられるスタッフを育てなきゃいけないなとも考えています。
敷居が高いと思われがちな解体ショーをもっと身近に体験してほしい、と公文さん。起業の原点となった「おさかな会」もさらに充実させたいですね。続けているうちにだんだんと器やお 酒など食にまつわる知識も増えたので、トータルプロデュースができたらと。盆栽も好きなので、いず れは庭園がある専用の家で開催するのが夢です。お客さん同士がゆったりとくつろぎながらコミュニケ ーションの輪が広がる、そんな場を提供したいですね。
message/ 女性先輩起業家からのメッセージ
profile/ プロフィール
おさかなゆきちゃん:公文ゆきさん
白山市出身。石川県農業短期大学(現石川県立大学)在学中に、バイト先の大手スーパーで水産の仕事の魅力に目覚める。卒業後の就職を経て、先の大手スーパーに戻り、水産加工の基礎を身に付ける。系列スーパーで働きながら、マグロの解体も修得。2019年2月から少人数で厳選した魚を味わう「おさかな会」を自宅でスタート。コロナ禍で休止中は、魚を取り寄せ調理するテイクアウト「おっそわけ会」を実施。2022年11月に鮮魚や刺身、おそうざいを販売する「さかなやゆきちゃん」をオープン。漁業・水産業の魅力向上を後押しする水産庁の取り組み「水産女子メンバー」にも参加している。
※2024年取材
この記事をシェアする