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毎日食べても飽きない、体に優しい自家製酵母パンを食卓に

yurinote(ユリノテ): 中村 由里さん

起業のきっかけ

社会人になってから、アパレル関係の会社で8年ほど働き、結婚を機に退職。その後、派遣社員やパートを経て、電気部品会社に嘱託社員として入社し、正社員に昇格しました。毎月のお給料は保証されていたものの、工場で基盤やスイッチの組み立てを行う仕事に面白みを感じられず、反動で休日にパン作りを楽しんでいました。そんなある日、母が脳梗塞で倒れて寝たきりの状態に。いったん発症してしまうとどうにもならない病があるんだ、と愕然としましたね。「生きていても健康じゃないと人生を楽しめない」。心の底からそう思い、夫、息子、私の家族3人が長く健康でいるために食生活を建て直そうと決心しました。

yurinote 中村由里さん

ちょうど40歳という節目に、以前から興味があった発酵を学びたくて「発酵食大学」に入校。講義や調理実習で学ぶうちに、発酵食品は料理の味を底上げしてくれるだけでなく、腸の働きを助ける“腸活”にもすごく役立つことがわかってきました。そして、講師の先生が「干しぶどうから発酵種がつくれるよ」とサラリとつぶやいた一言が頭から離れず、自家製酵母パンに挑戦してみようと思い立ちました。それまではイーストやベーキングパウダーを使っていましたが、自家製酵母だとどんなパンができるんだろうと。最初に作ったパンは固くて美味しくありませんでした。でも逆に「どうにかして美味しいパンをつくろう」と奮い立ちましたね。本やレシピを読みあさって研究し、ますますのめり込んでいきました。

そうやって趣味としてパン作りに没頭していたところ、やってきたのがコロナ禍。会社の仕事量が減少し、思いがけず自分を見つめ直す時間ができたんです。「人生いつ何が起こるかわからない。じゃあこれからは好きなことをしよう!」と思い立ったのが、パン屋の開業でした。自家製酵母パンを通して、おいしく腸活にいい食品を世の中に届けたい。パン好きは多いし、健康にやさしいパンなら、お客様もついてくれるのではと。狭小スペースを使った対面式スタイルのパン屋の成功例を何軒か知っていたので、「これなら私もやれそう」とも思ったんです。

当初は店舗物件を借りようと探してみたものの、いい物件になかなか出会えず、結局自宅のガレージをリフォームすることにしました。多少費用は抑えられるだろうと思いましたが、それでも専用機材、水や電気の配備などを含めた見積りは予想をはるかに上回る金額でした。さらにパン専用のオーブンがかなりの高額。でも美味しいパンを焼くにはどうしても妥協できません。「融資は必須」とわかったので、知人に紹介された石川県信用保証協会に相談すると、事業計画書を書いてみてと言われました。全く予備知識がないなか、営業状態をシュミレーションして売り上げを想定。融資を受けたい一心で、協会に何度も足を運び、細かいチェックを受けながら約1カ月で仕上げました。その甲斐あって、協会が保証人になってくれ、金融機関での融資もかなりスムーズに進みました。会社は202112月に退職。店舗の工事を202214月に済ませ、514日にオープンすることができました。

店内の様子

本格的なオーブンやミキサーを導入した店内のパン工房

大変だったこと

自然の力でゆっくり発酵させる自家製酵母には時間が必要です。そのために仕込みを4日、営業日を週2日と設定しました。経費は極力抑えたくてPRInstagramの告知のみ。信用協会や金融機関には「住宅街で週2日の営業では、利益を出すのは難しいのでは」と言われましたが、「Instagramだけでもやれることを証明しよう」と逆に闘争心がわきましたね。いざオープンしてみると、営業日のたびに狭い住宅街の小路が大渋滞になり、店頭には大行列ができました。パンを焼くたびに売り切れ、その当時のことはほとんど記憶にないぐらい。1年目は160人ぐらいの来客がありましたね。慣れないオペレーションで今よりずっと時間がかかっていたし、パンの量も焼けなかったのに、です。

お店の外観

閑静な旧宅地にたたずむ店舗。来店者はショーケースに並ぶパンを選び、小窓から受け取れる

でも、金沢の人は新しいもの好き。2年目には「1度行ったからいいわ」となる。せっかく慣れて自分でも満足のいくパンがたくさん焼けるようになったのに、今度は客足が落ちてきました。12030人と想定してパンを焼いても、15人ぐらいしか来なくて売れ残る日もありました。飛ぶように売れた時期を経験しただけに、そのギャップがしんどかったですね。「開店時より今のパンのほうがずっと美味しいのに」と、もどかしい思いでいっぱいでした。

不思議なもので3年目になると「売れる日もあれば売れない日もある、なるようになる」と気持ちのアップダウンが少なくなりました。お客さんが落ち着く時間には、新メニューやイベント出店のことを考えたりして、不安よりも前向きな方向に目を向ける余裕が出てきました。忙しいときはお客様の顔もよく見られなかったけれど、今では定期的にいらっしゃるお客様がしっかりとわかるように。会話のなかからパンの感想や近況もうかがえ、そんなゆとりも大事なことだったんだと、ようやく気づきました。

コンセプト・強み

すべて自分で手塩にかけて育てる「自家製酵母」がうちのパンの基本。米と麹で発酵させた酒種やレーズン酵母、ルヴァン種(小麦を使った酵母)を主に使っています。人工的に純粋培養されたイースト菌は安定した発酵力があり失敗しにくいですが、自家製の天然酵母にはそうした便利さに代えがたい魅力があります。天然酵母を使ったパンは時間がたってもしっとり感や風味が残り、パサつきが少ない。小麦の風味や香りが引き立ち、独特のうまみがある。消化がよく胃腸にやさしいことも、健康にこだわる私がつくり続ける理由です。

自家製のレーズン酵母

自家製酵母がブクブクと泡立つ様子。その生命力に魅かれたという中村さん

「地産地消」ももう一つのキーワードです。日本に暮らしているからには、日本のものを使いたいという気持ちが強くて。小麦は北海道産のものを8種ブレンドして使っています。酒種には金沢の酒蔵「福光屋」の麹、副材にも金沢産のズッキーニやにんじん、ゆず、りんご、能登の栗など、できるだけ地元のものを使うようにしています。

五郎島金時の酒種タルト

季節の野菜やフルーツを使ったスイーツも人気。写真は「五郎島金時の酒種タルト」

「毎日食べても食べ飽きない、ごはんのように食べられるパン」がコンセプトですから、私がつくるパンはどれも見た目は茶色っぽい地味パンです。カンパーニュやベーグルのように、小麦と水、酵母などシンプルな素材でつくる食事系のパンが多いですね。野菜たっぷりのサラダやスープと一緒に食べたり、ワインやおつまみと食べたりする食卓を想定しているので、サンドイッチのようにそれだけで完結するパンや、たくさんの具材がのった派手パンはありません。狭いスペースで一人でこなすには、食材のストックをなるべく抑えたメニューづくりが必要。食事系パン中心のラインナップは、工夫を重ねて行き着いた私流のミニマムスタイルです。パン好きな方はスイーツ好きも多いので、タルトやスコーン、カヌレなどの焼き菓子も用意するようにしています。

やりがい

酵母作りから販売まで一人でやっているだけに、パンが売れたときの喜びはひとしおです。パンは自分の子どもも同然。焼き上がると「可愛い子が今日も焼けたぞー」と、にんまりしながら店頭に並べています。基本的に自分が好きなパンしか焼いていないので、おすすめを聞かれるといつも「全部です」と答えてしまいます(笑)。うちならではの個性的なパンばかりですが、パンそれぞれにファンがついてくれているのが嬉しいですね。

酒種カンパーニュ

「酒種カンパーニュ」はパリッとした皮ともっちりとした生地が好対照。独特のうまみがあり、クセになる味わい

一番人気は酒種カンパーニュですが、春・夏・冬に焼く季節のシュトレンも好評です。なかでも、お店のオープン企画として考案した「いちごのシュトレン」の時期は、目当てに来てくださる方も多いですね。金沢市以外のお客様も結構多くて、白山市や小松市からもInstagramで見つけて来てくださいます。「yurinoteさんのパンは中毒性があるんですよね」と定期的に通販で買ってくださる方も。お客様の「美味しい」という声が何よりも励みなので、日々勉強を続けながら、期待を裏切らないパンを作り続けていきたいと思います。

いちごのシュトレン

いちごとピスタチオ、ホワイトチョコが入り、ミルキーで爽やかな味わいの「いちごのシュトレン」

今後の展開

開店した年に、中能登町の金丸地区で開催された「かねまるマーケット」に参加したのをきっかけに、イベント出店の楽しさを知りました。店舗だけでは出会えないお客様と直接ふれあえたり、他の出店者と交流していろんな情報交換ができたりするのも新鮮な体験でしたね。その他のイベントに参加する機会も増え、今後も面白そうなものがあれば積極的に出かけてみたいです。

2024年の「かねまるマーケット」は能登地震によって開催できなくなったと知り、「それなら金沢で」と参加者を募り、チャリティマルシェ「つなごうNOTO」を石川県立図書館で開催しました。出店者は収益の一部を能登の地震復興の義援金として寄付するしくみです。3月の1回目には12店が参加し、多くの方々にご来場いただきました。今年は4回、来年以降は年2回開催し、継続した支援につなげていこうと考えています。

つなごうNOTO

被災した能登を支援しようとスタートした「つなごうNOTO」

大きな夢としては、いずれカフェスタイルの店舗をやりたいですね。地元の無農薬野菜のサラダや自家製酵母のパンをもりもり食べられるような。カフェとベーカリー、そして教室も開催したい。パン教室だけでなく、健康になれてSDGsな取り組みも学べる衣食住の講座ができるといいですね。場所は、自宅近くの犀川沿いが理想です。犀川の四季折々の眺めが大好きですし、散歩やジョギングに訪れる方々の憩いの場所になればいいなと。3年後の50歳までには実現できたらと思っています。

message/ 女性先輩起業家からのメッセージ

まず自分を信じること。自分が「こう」と思ったことに向かってブレずに進んで行けば、結果は後からついてきます。今私の目の前には、お店を始める前とはガラリと変わった風景が広がっています。いいことも悪いことも含め「面白い、楽しい」と思えるようになったし、以前は出会えなかったような人とも知り合えるようになりました。

もともとは固定観念が強い性格で、苦手なことや人を自分からシャットダウンしてしまうことも多かったんです。人と接することが実は苦手で、アパレル時代もしんどかった。その反動で工場勤務をしたものの生きがいを見出せず…と悪循環になっていたのかも。でも自分のお店を持つとなると、人と接しないわけにはいきません。わざわざ店に足を運んでくださるお客様に、常にフラットな気持ちで応対するうちに、自然と心の垣根が取り払われていきました。また「つなごうNOTO」を運営してみて、人と人のつながりの大切さ、人とともに何かを成し遂げる楽しさも知ることができました。

起業を志す人は誰だって不安があると思います。もちろん私もそうでしたし、今でも不安になることはあります。そんなときは、頭の中で思っていることを書き出します。ああ、自分は今こんなことを考えているんだ、と客観視してみる。すると面白いことに、自分で自分にアドバイスするようにアイディアが湧き出てくるんです。それで新メニューが生まれて、人気商品になったこともあります。悩んだり行き詰ったりしたら書いてみる、ぜひやってみてください。

profile/ プロフィール

yurinote(ユリノテ): 中村 由里さん

金沢市出身。2017年に発酵食大学で発酵を学び、自家製酵母によるパン作りに目覚める。さまざまな発酵種によるパンを研究するうち、腸活にいいパンを多くの人々に広めたいと考えるように。20225月、自宅の一角を改装し、「yurinote(ユリノテ)」をオープン。毎週火・土曜に、天然酵母「毎日食べても飽きないパン」をコンセプトにした味わい深いパンや、オリジナリティあふれるスイーツを提供している。

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2024年度取材

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