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祖父母から伝わる豆仕事を軸に、
町家カフェで昔暮らしの魅力を発信

豆月:北出 美由紀さん

起業のきっかけ

編集の仕事をしながら建築家の夫と東京・渋谷で暮らしていたのですが、便利だけれど周りとのつながりがほとんどない日々にどこか味気なさを感じていました。そんな折、東日本大震災に遭い、終の棲家について深く考えるように。夫の知り合いが多かった神奈川県大磯で、築80年の日本家屋を借りて住んでみると、とても身の丈に合うと感じました。「これからもこんな暮らしをしていきたい」と購入を考えましたが、大家さんの思い入れが強く、叶いませんでした。その界隈ではよい物件に出会えずにいたところ、少しずつ現実化してきたのが「金沢」という選択肢。当時、2015年の北陸新幹線開業が話題になっていて、古い町家がたくさん残り、保存していこうという金沢市の取り組みにとても共感しました。東京から2時間30分という距離も、関東圏での電車を使った移動時間と比べるとそれほど不便には思いませんでした。

 

それから2年かけて東京と金沢を行き来しながら物件を探し、2014年に東山の築80年の町家を購入。改修にあたり、1階を「豆」をテーマにしたカフェ、2階を建築事務所兼自宅としました。カフェに決めたのは大磯時代の4年間、地元の朝市で、豆を使った手作りメニューを提供していた経験があったからです。メニューは黒豆かんやおしるこ、シフォンケーキなどで、毎秋のイベントでは自宅で作家さんの器とともにもてなしもしていました。イベントでは、他店と競合しない特色あるメニューを打ち出すこと、安全安心で美味しいものを提供すること、さらに器の魅力でより付加価値を出すことで、お客様が楽しんでくださるという手ごたえがありましたね。

改修工事の間は、野町の町家で借り暮らしをすることに。金沢定住までに生活や文化をもっと知っておきたかったんです。特に接客を集中的に学ぶため、地元の和菓子店に勤務もしました。そこでスタッフの方やお客様など、たくさんの方と知り合えましたし、金沢の伝統や生活習慣、和菓子文化に触れることができ、とてもよい経験になりました。自分が開くカフェでは地元の食材も取り入れようと、お茶や豆腐など市内のお店を回って買い求め、お客様にどういうものが喜ばれるだろう、と楽しみながら味比べをして選んでいきました。

出店の際には、FacebookやTwitter、InstagramなどSNSを活用しました。移住にあたり金沢市の移住モニター制度を利用したこともあってメディアで紹介していただき、「関東からの移住者が町家を改修してカフェを開業するらしい」とオープン前から知っていただくことができました。おかげで2016年6月のスタート時には、さまざまな地元の情報誌にも取り上げてもらえました。またオープン前に「春ららら市」に出店し、ショップカードを配布したのも功を奏し、口コミで少しずつ広がり、お客様に足を運んでいただけるようになっていきました。

自店の強み

私の原風景には、幼い頃一緒に暮らした北海道・帯広の祖父母が炊いてくれたお豆があります。帯広は豆の産地で、日常の食の中にたっぷりと美味しい豆がありました。祖父が和菓子職人だったことから、甘味にも親しみを感じます。私が成人してから祖父母がお正月に送ってくれた黒豆は、少し硬めで歯ごたえがあり、その味わいにいつも満たされていました。私を育んでくれた祖父母のお豆の味を伝えたい、その思いが常に心の中にあります。

メインメニューの「黒豆かん」は、北海道産の黒豆をやや硬めに炊き上げ、その汁を煮詰めたシロップをかけてお出ししています。通常の豆かんは、寒天と赤えんどう豆を合わせたものに黒蜜をかけますが、あえて自分のルーツである黒豆を生かしたくて、その形に行き着きました。枝豆のように歯ごたえを残しながら、豆の風味も感じられるよう、すっきりとした味に仕上げています。お客様の中には「寒天との食感が絶妙ですね」「これまで食べた豆かんとは違って新鮮」と喜んでくださる方も多いです。甘味メニューのほかにも、旬の豆と野菜のコラボレーションが楽しめる週替わりの豆スープをご用意。乾物の豆だけでなくフレッシュな豆のおいしさを知っていただけるよう、近江町市場に頻繁に足を運び、季節のお豆を吟味しています。

仕込みから炊き上げまで3日かける黒豆。粒の大きさ、硬さも寒天とのバランスを大事にしている。

仕込みから炊き上げまで3日かける黒豆。粒の大きさ、硬さも寒天とのバランスを大事にしている。

お客様との関わりで常に思い浮かぶ言葉は「一期一会」。召し上がっていただき、おいしかったらまたいらしてくださるけれど、そうでなければ次はありません。1回1回が真剣勝負です。だからこそ、自分が心底美味しいと思えるものを提供できるよう心がけています。

また町家という器(建物)の中で、作家さんの器(作品)でお豆を味わう楽しさを満喫していただければとも考えています。器を見てさわって口にあてて、使い心地を知る。畳に座り、障子越しに庭を眺め、落ち着いた雰囲気に浸ってみる。甘味を味わうひとときの間に、こうした昔ながらの町家で暮らす良さを感じ取っていただけるのではないかと思っています。

今後の展開

東山という土地柄から観光客が多いと思われるかもしれませんが、「豆月」ではお客様の7割が地元の方でリピーターが多いです。何度も足を運んでくださる方々のために、単に豆のメニューを味わっていただくだけでなく、プラスアルファをお持ち帰りいただければとも考えています。会話の中でアンテナを張り巡らせて、どんなことをお伝えすれば喜んでいただけるか、を心に置いて接客しています。金沢の旬の美味しいもの、新しい素敵な店のこと、作家さんたちのギャラリー情報などなど、当店に来られる方は食やアートに関心のある方も多いので、そうした情報は喜んでいただけますね。

店舗がある東山はギャラリーや工房が多いエリア。作家たちの活動など情報発信の場にもなっている。

店舗がある東山はギャラリーや工房が多いエリア。作家たちの活動など情報発信の場にもなっている。

友人・夫とともに茶会「月ノ樂釜」を共同主宰していることもあり、今後はお客様により楽しんでいただく趣向として、豆をテーマにした茶懐石もやってみたいです。かしこまった懐石ではなく、普段の料理をベースに、より素材を吟味して丁寧に作った料理でおもてなしできたらいいですね。また、作家さんとコラボした期間限定のイベントも面白いかもしれません。町家暮らしのご紹介から、さらに茶道文化にも気軽にふれられるお店になっていけたらと思っています。

message/ 女性先輩起業家からのメッセージ

自分自身の経験から、夢を口にするとおのずと道が開けていく、という感じがします。「ひとりじゃ無理だなぁ」と思っていても、誰かにしゃべったりSNSで発信したりすると、アイディアをもらったり、話し合いの中で新しい道筋が見えてきたりします。頭の中で考えているだけでなく、アウトプットすることが大事。お店の準備期間中、考えを整理するためのノートを作って、その都度やりたいことを書き留めたり、お手本にしたいショップカードを貼り付けていきました。そのうちに嵩が増して閉じられないほどに分厚いものになりましたが、くじけそうになったときや考えをまとめたいときに何度も見返して、励まされてきました。今ではそのノートは宝物です。

私は、自分が納得するまで手をかけるため、やることなすこととても時間がかかります。だから、炊くのに時間がかかる豆仕事は、リズムとして自分に合っているのかとも。圧力鍋を使えばすぐに炊けますが、きっとお豆は圧力をかけられたくないんじゃないかな、と豆の気持ちになってしまい、鍋でコトコト豆を炊き続けています。こんな性分だから一遍にはできないので、できることからひとつずつやればいいのかなと思っています。できないことは、ひとまずはずして、とりあえずできることからやっていく。地道にコツコツやっていければいいなと。きっと誰にでも自分のペースがあるのではないでしょうか。そのペースに合ったやり方でやっていくことも、実は大切なことなのかもしれません。

profile/ プロフィール

豆月:北出 美由紀さん

東京都出身。大学を卒業後、雑誌出版社に就職。編集・取材・撮影・デザイン等の業務を経験する。19年間の勤務を経て、2015年、建築家の夫とともに金沢市に移住。東山の町家を自宅兼設計事務所兼カフェに改修後、2016年、豆をテーマにしたカフェ「豆月」をオープン。工芸作家の器でいただく豆スイーツや、加賀野菜や果物、醤油、豆腐など地元の食材を用いたメニューも喜ばれている。茶会「月ノ樂釜」も共同主宰、伝統文化や和菓子にも親しんでいる。

https://mamezuki.exblog.jp/
https://www.instagram.com/mamezuki_kanazawa/

※2020年度取材

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