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移動するコミュニケーションターミナル。
キッチンカーで地域や人に喜びを運ぶ

タルトタ:斉藤 清美さん

起業のきっかけ

子どもの頃からお菓子づくりが大好き。「いつかお菓子屋さんになりたい」と憧れていました。一方で踊ったり歌ったりすることも好きで、高校の頃は演劇部に所属。将来を選択するにあたっては、より現実的な道を選び、調理師専門学校へ進んでケーキ屋さんに就職しました。ところが1年ほどでオーナーと喧嘩して退職。その後、ファッションの世界に足を踏み入れ、スタイリストのアシスタントとして2年ほど働きました。いろいろな撮影現場に行けるのは楽しかったけれど、毎日叱られてばかりで「自分は裏方に向いてないな」と思いましたね。ちょうどその頃、演劇部の先輩や後輩たちで女性だけの劇団を立ち上げることに。劇団仲間にはナレーションやMCの仕事をしている人が多く、ごく自然に私もそうした仕事を受けるようになっていきました。

ナレーションやMCなどの仕事をフリーで続ける中、次第にイベントやCMなどの制作の仕事にも興味を持つように。2014年には友人と制作会社を立ち上げ、役員として入社。CMをメインに企画・制作の仕事に携わることになりました。それからは、平日は企画や撮影などのディレクション、土日はMCやナレーションの仕事をこなすハードな日々が続きました。でも、制作現場の絵コンテ、台本づくり、撮影のコーディネートなどさまざまなプロセスで、これまでのケーキ屋、スタイリスト、劇団員などの経験を全て活かすことができました。「過去の経験は全然無駄じゃなかった」と、より前向きになれたんです。

さらに、もっと自由に幅広い仕事をやりたくなり、独立して20203月に「タテヨコナナメ合同会社」を設立しました。企画・制作や司会業のほかに、さまざまなチャレンジをしたいという思いがあったからです。その中のひとつが、キッチンカーでした。世の中はまさにコロナ禍の真っ只中で、仕事が減って時間がある上に、補助金などで資金もカバーできます。「今ならやれる!」と、急ピッチで準備を進めました。コンセプトは長年憧れていた“フランス”に決定。提供するメニューは、キッチンカーでは珍しいホットサンドにしました。焼き時間が長いため効率はよくないですが、子どもの頃に母がよく作ってくれた思い出のメニューであり、具材をフランスの家庭の味にすることで個性を出せると考えたんです。

愛車のルノー社「カングー」をキッチンカーに改造。フランス国旗のトリコロールカラーでまとめたおしゃれなデザインが目を引く。

まずはオープン日を2020年10月10日(めったにない珍しい数字並びの日!)に決め、5月に愛車をキッチンカーに改造すべく発注。平行してメニューづくりを進めました。作っては試食してを繰り返し、厳しい意見を言ってくれる友人を集めて試食会を4回開催。参加者全員がモニターになって、値段やパッケージもどんどん決まっていきました。9月からはInstagramを開始し、試食会やメニュー決定など準備段階を随時発信。10月の開店までにフォロワーを増やし、認知度を上げるよう工夫しました。そのかいあってオープン当日は大賑わいに。グルメのインフルエンサーが来店して投稿してくれたおかげで知名度も一気に上がり、その後の出店依頼もコンスタントにいただけるようになりました。こうしたさまざまな方々の協力と応援があったからこそ、順調にスタートすることができたんだと思います。

大変だったこと

キッチンカーは週に4~5回、11~17時のペースで営業しています。当初は夜に仕込みをやっていたため作業が深夜にまで及び、ほとんど眠れないまま翌日営業して疲労困憊状態になっていました。これではいけないと、早朝5時に起きて3~4時間かけて仕込みをすることに。夜は睡眠をしっかり取って、体の疲れをとる時間にしています。料理には作る人の体調がすごく反映するので、私がヘトヘトになっていたら、ちゃんとしたものをお出しできない。同じ材料を使って同じ作り方をしても、同じ味を出し続けるのは本当に難しいことです。まだまだ勉強中ですが、自分が納得できる安定した味をご提供できるよう、これからも追及して行きたいと思います。この仕事をするようになってから、飲食店の方々の見えない部分での努力がいかに大変なものかを思い知って、あらためてリスペクトするようになりましたね。

人気の定番メニュー、ボロネーズソースのホットサンド

現在は、ほぼ私一人でやっているので、忙しい時にお客様をお待たせしてしまうのが辛いところです。ホットサンドの焼き上がりに10分ほどかかるのと、一人で数種類のメニューをお出しするのにやや時間がかかってしまうのが課題ですね。売れ行きは場所・曜日・天気によって左右されるので、忙しくなると思った日にはスタッフ1名を手配しますが、その予想もあたりはずれがあります。でも、今後の経験によって、見極めの精度は上がってくるのかなと思っています。これまでの経験でわかったのは、同じエリアに頻繁に出店すると、来客数が減るということ。まんべんなくエリアを分散させ、近郊エリアの出店はスパンを開けるのがポイントですね。現状では出店依頼が金沢南エリアに偏っているので、今後は自分で出店場所を開拓していくことも考えています。

仕事のやりがい

キッチンカーをやりたかった最大の理由は、いろんな人に会えること。コロナ禍によって、人とのコミュニケーションが大きく変化せざるをえませんでした。でもリモートでいくらしゃべっても芯の部分では満足できない。直接会って話せない辛さを思い知りました。一人でいくら考えても何も浮かんでこないけれど、気軽に人と会って何気ない会話をすることでアイデアも出てきます。そんな中、待っていても人と会えるのが、キッチンカーです。ソーシャルディスタンスを保ったまま人と会えるので、本当にたくさんの人たちが会いに来てくれます。SNSの出店情報を見て足を運んでくださるお客様をはじめ、これまでの仕事関係の人たちや、学生時代の友人たち…さらに人が人を呼んで、飲食関係やキッチンカー仲間の人とのつながりもすごく増えました。

テントやベンチがあるので、天気のいい日はその場で食べられる

時間があるとずっと長話できるのもキッチンカーならでは。さまざまなお客様との出会いも楽しいです。あるご年配のお客様の「コロナでなかなか人と会えんけど、人は人としゃべらんとダメになる」という言葉にしみじみ共感しました。お店には、私と話すのを目当てに来てくださるお客様もいて、それがうれしい。ホットサンドを売りながら、コミュニケーションの場にもなっている「タルトタ」。人に喜んでもらうことが何より大好きな私流でやれるキッチンカーを始めて、本当によかったと思います。

今後の展開

このキッチンカーが似合うロケーションに出店したいというのが、当初からの念願です。こうした愛車を改造したキッチンカーは珍しく、フランスをテーマにしたユニークなデザインが映える場所がいいですね。たとえば、山や海など大自然の中や車のショーなど。そんな場所にあえて出店して、人を呼び寄せたい。来店してくれた人たちで場が賑わい、盛り上げられたらと考えています。お客様にも、そのためにも、「タルトタが来てるなら行ってみようか」と思われるような存在になりたいです。ほかのキッチンカーさんとのつながりもできてきたので、数店が集まってのイベントも開催できるのではと思っています。

小松市の山間で開催された尾小屋鉄道のイベントに出店。期間中だけ走る鉄道を目当てに多くの家族連れが訪れ、焼きたてのホットサンドも大好評だった

message/ 女性先輩起業家からのメッセージ

年齢を重ねると新しいことにチャレンジしづらいと思われがちですが、私はミドルエイジになってから全く新しいことを始めました。じゃあ、30歳で同じことを考えて実行できたかというと、できなかったかもしれません。幅広い人脈がある今の私だからこそ、いろんな人の助けを得られたんだと思います。車の改造やメニューやホームページ作りと、人に相談して完成できたものばかりで、私一人でやったことは一つもありません。助けてくれる人の数が若い頃より何倍も多かったんです。この経験を通して、年齢は関係ない、むしろ年齢を重ねたほうが、チャレンジのハードルは低いと実感しました。私自身は、いつも気持ちは永遠の27歳のまま、死ぬまで新しいことに挑戦していきたいですね。第一目的は「人が喜んでくれる」こと。それが私の幸せです。利益を上げることは続ける上で大切だけれど、利益を追求することが1番ではないんです。やりたいことを実行する前に、自分の幸せがいったいどこにあるのかを考えてみてもいいかもしれませんね。

profile/ プロフィール

タルトタ:斉藤 清美さん

金沢市出身。石川県立工業高校デザイン科を修了後、辻調理師専門学校製菓コースで学び、調理師免許を取得。ケーキ店勤務、スタイリストのアシスタントを経て、高校時代の演劇部友人と女性だけの劇団「クイーンビー(女王蜂)」を立ち上げる。同時期からフリーのMC・ナレーターとして活動をスタート。2014年には、広告制作会社の経営陣として、CMなどの企画・制作を手掛けるように。2020年3月に独立し、「タテヨコナナメ合同会社」を設立。同年10月から、ホットサンドのキッチンカー「タルトタ」を始動。MC・ナレーター、劇団「Kazari@drive」の女優など多面的な顔を持ちながら、精力的な日々を送っている。
https://tarteta.com/

※2021年度取材

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