起業のきっかけ
名古屋市で生まれ育ち、地元で知り合った夫と結婚。夫の出身地が石川県だったことから、転職にともなって金沢に引っ越してきました。そこで驚いたのが冬の大雪です。名古屋では小雪程度しか降らず、大雪の日の運転は怖くてできないので就職はあきらめていました。ところが、自宅のリフォームをしてくれた会社から「事務職として働かないか」と声がかかり、パート勤務することに。真ん中の子どもは未就学児でしたが、子連れ出勤も許可してもらい、非常に居心地のいい環境で働くことになりました。
とはいえ、いずれは夫の実家がある羽咋市に戻ることになるかもしれません。今のうちから家でできる仕事も考えておきたいと、趣味の中からいろいろと模索しましたが、なかなかこれというものは見つかりませんでした。そんな中、ふと見つけたアイシング教室に軽い気持ちで通ってみたら、どっぷりハマってしまったんです。アイシングクッキーは可愛いいけど子育てママが買うにはやや高価です。でも習えば家で作れるようになるしお得で楽しい。ちょうど3階建ての自宅の1階を使っていなかったので、その場所で教室ができると考えました。
教室のお客様を自分のような子育てママに想定し、どんなアイシングクッキーなら食べたい? どんな教室だったら行きたい? と考えたとき、浮かんできたのが、無添加で安心して食べられるクッキー、子連れでも気軽に行ける教室でした。早速、着色料不使用の無添加アイシングクッキーが学べる教室を探し、資格を取得。翌月には1階の和室で子連れOKの教室をスタートしました。まず友人に声をかけてみると、思いのほかアイシングクッキー初体験の人が多く、「楽しい」と大好評。「これはやれそう」と手ごたえを感じましたね。
続けていくうちに、誕生日用クッキーや子どもが好きな絵柄を描いたクッキーを頼まれることも増えてきて、「販売許可も取ろう」ということに。保健所に相談して1階キッチンに手洗いを設置し、菓子製造許可を取得。これを機に「たまゆら」として開業届を提出しました。起業にあたっての初期投資はこの改修費用とアイシングクッキーの材料ぐらいしかかかっていません。ホームページ、チラシ、名刺はツールを使って制作するなど、やれることは全部自分でやりました。
コンセプト・強み
子育て真っ只中の自分の思いもあり、提供しているのは「家族があえて食べたいアイシングクッキー」です。テーマは「安全安心で体に優しい」「好き嫌いが多い子どもにも食べてもらえる」こと。石川県には古くから発酵文化が根づいていて、周りの人から麹の良さや使い方をいろいろ教わる機会がありました。「せっかく石川にいるなら、麹をクッキーに入れてみよう」と、クッキー生地に米麹を練り込むことに。麹には腸内環境を整える働きがあるので、お菓子を食べることに罪悪感もなくなり、美味しく栄養補給もできる。子育てママが選ぶ際の重要なポイントになると考えました。
アイシングクッキーの合成着色料が気になるママも多いので、色づけには野菜や果物から取ったフードパウダーを使用しています。緑色にはほうれん草や抹茶、黄色にはかぼちゃやウコン、赤にはビーツなどさまざまな種類のパウダーがあり、合成着色料とは違って風味や香りがあるのも特徴です。一般的なアイシングクッキーよりも色が淡く、優しい見た目を気に入ってくれる人も多いです。
野菜をなかなか食べてくれない子どもも野菜パウダー入りのクッキーだとペロリと食べてくれます。教室で「今食べたクッキーにほうれん草が入ってたんだよ」と言うと、「えっ、ほうれん草食べれたんだ!」「よく食べれたね!」と親子の笑顔が見られることもたびたび。子どもが自信を持ち、ママの気持ちが楽になる。そんなコミュニケーションの機会をアイシングクッキーを通じて増やしていけたら嬉しいです。
大変だったこと
やはり、友人からもう一歩先の人に知っていただくまでにひと苦労しました。スタート当初は教室が月に1回あるかないかという感じ。でも知り合いにゴリ押しはしたくないし、本当に来たいと思ってくれる人に来てほしかったんです。認知度を広げるためにInstagramを始めてみたものの、思うような反応はなかなかありません。これではいけないとやってみたのが、Instagramのディレクション講座です。
作品や教室の雰囲気に憧れていた人気アイシングクッキーの先生がSNSの集客法を指導してくれる講座で、「この方のディレクションなら受けたい」と3か月間オンラインで受講しました。この講座は本当に勉強になりました。それまでただやみくもに使っていたツールにそれぞれ特性があり、ターゲットも発信方法も使い分ける必要があることがわかったんです。
Instagramは不特定多数に流れていくので、自分ではしつこいと思うぐらい告知しないと届きにくいと知り、投稿するタイミングや見せ方なども考えるようになりました。クッキー販売の投稿もしていましたが、教室関連の投稿に絞ってシンプルでわかりやすくしました。そうした試行錯誤によって、少しずつ集客が伸びていくようになったんです。またLINEは「たまゆら」を気に入ってもっと情報を知りたいと思う人向けのツールとして活用。クッキー販売は、実際に商品を見ていただいたり、接客することでより魅力が伝わるので、イベントにもどんどん出店するように。こうして教室と販売の活動ペースを少しずつ掴んでいきました。
やりがい
起業してみて、子育てママだけじゃない今の自分が楽しいですね。やはり「楽しむことを忘れちゃいけない」と気づきました。専業主婦だった頃はお金も時間もなく、子どもを預けて何かすることに抵抗がありました。我慢ばかりしている自分にイライラすることも。当時の私と同じ状況にいるママたちにもやりたいことができる環境を提供したいんです。うちの教室は赤ちゃん連れOKですし、和室なので赤ちゃんを寝かせることもできます。ママたちの「久しぶりに集中できた」「こんなに子どもたちが美味しそうに食べるのを初めて見た」という声を聞くと、あーやってよかったとつくづく思いますね。
ママたちが楽しんでいる働く姿は子どもにもいい影響があります。私がこの仕事を始めたことで、子どもたちは家でモノを作って売るという働き方を知りました。イベント出店する際にも準備が必要なことを知り、手伝ってくれたり、店に一緒に立ってくれたりもしてくれます。外で働く母親の姿を見る機会はほとんどないので、生き生きと楽しそうな姿は子どもの将来像を豊かにしてくれる気がします。
教室だけでなく販売を手掛けたのも正解でした。お客様の要望を受けることで、いろんな発想のデザインを取り入れられて幅が広がります。誕生日や贈り物、推しの記念日用などのご依頼で「私だったらこんなデザインは思いつかなかった」「なるほどこんな絵柄もあるんだ」とすごく勉強になります。もし教室だけだったら、デザインに煮詰まってマンネリ化してしまったでしょうね。
今後の展開
アイシングクッキーは1回習っただけでは身に付きにくいですが、回を重ねる毎に目に見えて進歩していくのが面白いところ。その変化を楽しみながら、家で一人でも作れるようになるコースレッスンを作成中です。さらにその先の教室や販売を考える人向けの「ステップアップコース」も準備しています。販売向けのアイシングデザインや包装が学べ、私が出店するイベントでアシスタント経験もできる、そんなコースです。
レッスンを充実させる目的の中には、自分が楽しいと思っていることを共感し合える仲間をつくりたいという気持ちもあります。そのために私のノウハウを惜しみなく提供するつもりです。教えることで私も生徒さんから学ぶものがあり、お互いに成長し合える教室をこれからも大切にしていきたいです。
message/ 女性先輩起業家からのメッセージ
profile/ プロフィール
たまゆら:畠山 典子さん
愛知県出身。2021年3月にJNDAナチュラルアイシングクッキーマイスター資格を取得し、無添加のアイシングクッキー教室を自宅で開講。同年9月には自宅のキッチンを工房に改装して菓子製造許可を取得。教室とクッキー販売の両輪で運営している。クッキーはオーダー販売のほか、イベントにも積極的に出店。1女2男の3人の子育て、パート勤務に励みながら、充実した“兼業ライフ”を送っている。
※2023年度取材
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