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全国の人とのつながりから生まれた「梢色」
作る喜びを伝え、クリエイターの応援団に

梢色:能登 梢さん

起業のきっかけ

高校卒業後、鋳物工場で正社員として働いていましたが、父親が病気で倒れたため、母親とともに在宅介護をすることになりました。すでに結婚していたので、実家に通って介護や通院送迎をしなければならず、職場を退職。新しい仕事に就く時間的余裕もなく、思いがけなく専業主婦に。それまで10年あまりバリバリ働く日常を送ってきた反動で、社会に置いてけぼりにされたような気分に陥ってしまいました。「これではいけない」と思い、趣味を探しに出かけた書店で見つけたのが「つまみ細工」の本でした。
能登さんの写真

古布をピンセットで折りたたんで作り上げるつまみ細工。そのプロセスに鋳物工場で携わっていた精密部品と相通ずるものを感じ、一気にのめり込みました。没頭して制作するうちに「作る楽しさ」がよみがえってきて、鬱々とした感情はいつしか消えてしまっていました。江戸時代発祥のつまみ細工は、着物の生地を使った古典的な色合いが特徴。明るい色が大好きな私は、手芸店で売っているカラフルな色や水玉柄の生地を使ってどんどん自分流にアレンジしていきました。インスタグラムに投稿した作品を見た知人に勧められ、クラフトイベントにも積極的に参加しました。来店されるお客さんから「作り方も教えてもらえないですか」との声を何度もいただくようになり、思い切ってワークショップを始めたんです。

カフェのレンタルスペースで4名程度の講座をSNSで集客しながら続けていると、次第に口コミで広がり、月3回のペースで安定して集客できるようになっていきました。口コミで多かったのが「初めてでもわかりやすい」との声。会社員時代、初めてものづくりに取り組む新入社員に「どうやってわかりやすく伝えるか」と工夫していた経験がここで生かせる、と気づいたんです。それからは、初心者でもできるレシピ(作り方)や教え方のポイントを徹底的に追及するようになりました。そして、自分は創作よりも教えることのほうが向いているとわかり、作家から講師へと活動の主軸を移していきました。

つまみ細工作品

カラフルな色合いと、果物やお菓子、昆虫など新しいモチーフが人気の梢色のつまみ細工。

私が活動を始めた当初、石川県ではほとんど知名度がなかったつまみ細工でしたが、徐々に大都市圏でのブームの波が押し寄せてきました。2017年に自宅で開講した教室は2018年には生徒数50名を越え、企業や自治体のイベントの講師依頼もコンスタントに入るように。インスタグラムのフォロワー数が8000人に達したのをきっかけに、2018年12月に自宅の教室を閉鎖することにしました。というのも、その頃全国から「教室に行きたいのに遠くて行けない」との声が殺到していたからです。「生徒さんを待っているより自分で行けばいい」とスタートしたのが、全国各地へ出前講座に赴く「梢の旅するつまみ細工」。旅と教室、自分が好きなことを組み合わせた企画は本当に楽しくて、北海道から九州まで数多くの出会いが生まれました。こうした活動を通じて、自分のワークライフバランス(介護・主婦・講師)が実現できたと感じ、2020 11日に「梢色」の屋号で正式に開業しました。

コンセプト・強み

技術や教え方のレベルアップのため、様々なワークショップにもよく参加していますが、しばしば目にするのが、初心者の方が置き去りにされがちだということ。レベルアップを目指す講座が多い中で差別化を図る意味でも、梢色の講座は「ハジメテさんのつまみ細工教室」に特化することにしました。初心者でも必ず完成できるオリジナルレシピ、誰でも気軽に参加できる1回完結制、それに加えて、何回参加しても楽しめる魅力的なテーマを心がけています。結果的に初心者はもちろん、「毎回新しいテーマと交流が楽しめる」とリピーターさんも多くなっています。

つまみ細工ワークショップ

大阪での教室風景。難易度が高く見えるつまみ細工をわかりやすく指導している。

1回の教室で誰でも必ず作れるようにするため、1つのレシピ作りに最低4回は試作をしています。生徒さん側に立ったわかりやすい説明も工夫します。あるとき、お手伝いしているがんサロンでの講座で、片手が使えない方が参加されました。「サポートするから大丈夫」と事前にお聞きしていましたが、「ものづくりがお好きな方だろうから、サポートなしで作りたいかもしれない」と片手で試作して当日に臨みました。「一人でやってみて、つらかったらサポートしますね」と伝えて始めてみると、その方は見事に自分の片手だけで作ることができたんです。「これまでのワークショップではサポートしてもらっていたのに、初めて一人でできた!」とすごく感動してくださって。私が練り上げてきた指導法で、こんなにも人を喜ばせることができるんだ、と嬉しかったですね。

今後の展開

屋号に「梢色」とあるように、私のつまみ細工の大きな特徴は色。明るくやさしい色味、水玉などの柄を生かした愛らしい色使いにファンが多いんです。以前から好みの色の生地を手作りしたいと考えていたので、コロナ禍で教室が休業になったのをきっかけに草木染めに専念。約半年をかけて、自家栽培の藍、山々で採取したカラスノエンドウや栗のイガを使って、布やパーツの製品づくりに取り組みました。完成した製品はこれまでの生地にはないやわらかな色に仕上がり、「梢ブランド」として販売するようになりました。専属契約を結んだつまみ細工の先生のみに販売する形をとり、今後は講座との2本柱として展開していく予定です。

草木染

つまみ細工の花の芯の部分(ペップ)を草木染したもの。独特のやわらかな色調が「梢色」の魅力だ。

2019年から始めた「梢の旅するつまみ細工」(以後、「旅つま」と略)では、全国各地のフォロワーさんたちと交流して、多くのパワーと刺激をいただいています。実は「旅つま」で訪れた宮崎県にすっかり魅せられ、20212月に宮崎県の魅力をPRする「みやざき応援隊」に公式認定されました。宮崎県の人の温かさ、空や海の抜けるような明るさに心を奪われ、「なんとか宮崎をつながりたい」と自ら探して応募したんです。私のフォロワーは九州・沖縄に多いので、こうしたエリアへの出前講座の拠点を宮崎に置こうと構想中で、“石川と宮崎の2拠点活動”を目指しています。

こんなふうに、多拠点で活動したいクリエイターは今後もっと増えていくはず。私の場合、現地で講座の場所や宿の調整、交通やグルメの案内をしていただくサポーターを募って講座を開催していて、とても助かっています。最近、石川で講座をやりたいという講師も増えてきたので、「じゃあ、私がクリエイターたちのサポーターになればいいんだ」と、石川と全国のクリエイターをつなぐ活動を2021年から開始しました。ゆくゆくはクリエイター向けのコワーキングスペースも運営したいです。工房・教室・情報交換ができるカフェを併設し、創作意欲がわくおしゃれな空間にしたい。それに宿泊できるゲストハウスがあれば完璧ですね。

message/ 女性先輩起業家からのメッセージ

つまみ細工の講師となって5年が立った今、「ぶれない活動コンセプト=活動軸」を、最初に決めておいてよかったなと思います。活動し始めると、様々な人と出会い、いろんなアドバイスや情報が入ってきます。その中で「流れにまかせなさい」という人がよくいます。「来た仕事をなんでも断らずにやりなさい、そうしないとチャンスを逃す」と。私の経験上、それを真に受けて実践した人に追い詰められている人が多いんです。意見を取り入れるのは、いい面もあれば、悪い面もあります。起業はいわば自分の船を漕ぐこと。自分で舵を切らないで人に振り回されていると、事故が起きるのは当然です。

今から起業する方にはそれぞれのストーリーがあるはず。世間には情報や統計があふれていますが、それに流されることなく、まず自分がどうしたいのか、どうありたいのかをしっかり作っておくことが肝心です。最初にしっかりと決めておけば、年月がたって壁にぶち当たっても初心に立ち返ることができます。続けていて辛くなってきたら、立ち止まってぶれていないかを調節する時間も必要です。アドバイスもそのまま取り入れるのでなく、自分に合っているかを吟味するとよいと思います。

また、周囲にあまり合わせ過ぎなくてもいいのでは。ありのままの自分、自分らしさをもっと打ち出して。そうしないと周りに埋もれてしまいます。自分らしさを出したほうが、絶対楽しいし、ファンもつきます。「自分」という人間を好きになってくれたファンは遠くからでも会いに来てくれます。常にワクワクすることを発信していけば、周囲の人たちがまた新しいワクワクを持ってきて、ワクワクの連鎖がつながっていきます。そうした「人とのつながりから生まれる何か」に賭けていくのも、起業の楽しさのひとつ。私はそれに賭けてきたからこそ、介護など様々な課題がある中で、充実して続継続できています。人とのつながりを大切に育てていくことで、人生はもっと豊かになっていくのではないでしょうか。

profile/ プロフィール

梢色:能登 梢さん

金沢市出身。2015年、長年勤めていた会社を31歳で介護離職し、専業主婦に。独学でつまみ細工を始め、2016年にワークショップをスタートする。従来のつまみ細工になかったカラフルな色使いいとわかりやすい指導が人気を集め、県内での定期講座や企業・自治体イベントの講師のほか、旅とワークショップを合わせた「梢の旅するつまみ細工」プロジェクトを全国で展開。2021年からは、オリジナル草木染製品を手掛け、梢色ブランドとして発信している。

https://kozueno.jimdofree.com/

2021年度取材

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