起業のきっかけ
4年間勤めた雑貨店を退職し、事務員として働いていた頃、ふと、「小さい頃の夢は社長になることだったなぁ」と思い出しました。起業して社長になった父の姿を見ながら、自分で自由に時間調整ができる働き方に憧れていたんです。じゃあ、社長になろうと思い立ち、まず何をやればいいかを考えました。これまで経験したのは、雑貨店の仕入れ、ディスプレイ、ラッピング、商品管理。その中で最も自分が好きだったのはラッピングでした。ちょうどネットショッピングが活発になってきた時期で、ネットで買った商品は通常ラッピングされていません。また母や友人から贈答用にラッピングを頼まれることも多かったんです。ネットで検索してみると、東京や大阪などの大都市ではラッピング専門店があり、「これから需要があるのでは」とラッピングに特化した事業をやろうと決めました。
準備としてラッピング講座に通い、資格を取得。その勢いで職場を退職し、スタッフ募集をしていた大阪のラッピング店に面接に行き、そのまま就職しました。店舗での経験があったので、即戦力として働くことができました。お客様の要望は多岐にわたっていて、量販店で買った商品を引き出物用にしたり、外国みやげを贈答用にしたり、いん石やお金など珍しいもののラッピングもありましたね。そこで2年働くうちに私を指名してくださるお客様も多くなって、「君なら独立しても大丈夫」との声もいただけるように。30歳を区切りに独立を目指して、金沢へ戻りました。
起業にあたり父に相談すると、「まずは人脈が大事だから、経営者の会などに参加してみたら」とアドバイスされました。ラッピングコーディネーターの名刺を作って、さまざまな異業種交流会に参加してみると、「珍しくて面白いね」と興味を持っていただき、コラボや教室などのお話をいただくようになりました。手ごたえを感じて2014年に起業届を出し、フリーランスとして活動をスタート。ご注文をいただいて商品を受け取り、ラッピングするという仕事をメインに始めました。
当初は店舗がなかったのですが、2015年に長田本町のビルの1角を借りて、ラッピング専門店「金澤くるみ」をオープンしました。DIYで内装したので開業費用は50万円程度におさえられ、家賃も格安でした。SNSとクチコミのみで集客したため、PRの経費もほぼかかりませんでしたね。ここでは、オーダーメイドラッピングとラッピング教室の2本柱でやっていこうと考えていました。
大変だったこと
主軸にしようと思っていたラッピングはほとんど単発の注文で、不安定さが難点でした。レギュラーの発注は少なく、リピーターがいてもいつ発注があるかわからず、安定した収益が見込めませんでした。需要が多い大都市との違いを痛感しましたね。そんな時、増えてきたのが教室の依頼でした。また、結婚式の引き出物用ラッピングでは「金沢らしさ」が求められるようになっていました。和風ラッピング講座で水引を学んだ経験から、和紙と水引を組み合わせたラッピングをSNSに投稿してみると、「水引の教室をしてほしい」という依頼が入ってきたんです。水引だけでは味気ないので、水引アクセサリーの教室をスタートしたところ、大人気に。これがきっかけとなって、軸足を「ラッピングから教室へ」と大きく方向転換していくことになりました。
教室のお客様は「水引が楽しい!」とおっしゃってくださって私はとてもうれしかったのですが、生徒さんたちはどんどん上達し、毎回の教室のネタを考えることに追われるようになりました。さらに類似した教室も増えてきて、金沢の人向けの教室に限界を感じ始めていた、ちょうどその頃、知人の誘いで観光予約サイト「じゃらん」に体験予約を掲載してみました。すると予想を上回る反響があったことから、ターゲットを地元客ではなく、観光客に絞ることにしました。ちょうど体験型観光が人気になってきた頃で、金沢らしい「水引アクセサリー体験」が観光客のニーズにぴったりとマッチしたのはラッキーでしたね。
2020年、コロナ禍で観光客が激減し、教室は一時休業状態に。こんなときだからこそ、今まで後回しにしていたことを順番にやっていこうと考えました。少し時間の余裕もできたので、以前からいいなと思っていた金澤表参道を散策していたところ、オープンしたばかりのレンタルスペース「新保屋」に一目惚れ。それまでは金沢駅近くのレンタルルームを借りていましたが、コロナ対策の観点から、もう少し広い場所を探していたということもあり、すぐに「新保屋」の毎週末のレンタルを契約しました。近江町市場や東山など人気の観光スポットに近く、建物からも金沢らしい風情が味わえるのも大きな魅力でした。新保屋で再開した教室は予想通り大好評で、建物の写真をたくさん撮っていかれるお客様も多いですね。観光が本格化したら、より多くの方に楽しんでいただけると楽しみにしています。
自社の強み
私自身の強みは、臨機応変な発想ができるところだと思っています。予算が限られているなどさまざまな縛りがあっても、工夫やアイデアで乗り越えてきました。難しい要望にもなんとかお応えしようと頑張ることで、対応力が鍛えられましたね。例えば、屋外イベントで華道家の方に巨大なプレゼントラッピングを任されたことがあります。そのときに初めて「巨大リボン」のラッピングに挑戦したのですが、それをSNSに上げると全国の車屋さんから納車用のリボンの発注が舞い込みました。巨大リボンのラッピングをやっている業者はほとんどなく、見つかったとしてもかなり高額です。私は適正価格でお引き受けしているので、現在も納車用リボンの注文はコンスタントにあります。難しい仕事にあえてチャレンジしていると、こうした新たな可能性につながることもありますね。
また、いつも心がけているのは、競争率の高いところは避けること。競合がいなければ必然的に1番になれるからです。地元で個人向けのラッピングの需要があまりないとわかったときには、企業向けの需要がないかを考え、ラッピングで困っているニーズの掘り起しもやってみました。目を付けたのが、新規にオープンするお店。ラッピングデザイン、ラッピング資材や入手法、スタッフの指導などをトータルで行う「ラッピングコンサルタント」が必要なのではと考え、企業やお店に提案してみたんです。すると、新規店だけでなく、「うちのラッピングが垢抜けないのでなんとかしたい」という要望も多く、雑貨店や洋菓子店などさまざまなお客様からの依頼をいただけるように。大手食品販売会社のギフト用ラッピングのプロデユースも任され、まだ誰もやっていない分野を発見する大切さを実感しました。
今後の展開
教室という安定した収入の柱ができたことで心に余裕が生まれ、かねてからやりたかった社会貢献事業にも取り組み始めました。2020年8月から第1弾としてスタートしたのが「金沢紙袋」。金沢の工芸や名所をあしらった金沢らしい紙袋を、紙店の端材を使って就労支援施設で制作するもので、金沢SDGsツーリズム推進事業の一環として企画しました。就労支援施設には以前から水引の内職仕事を発注しており、その高いスキルをいろんな方面で生かせたらと考えていました。環境にも人にも優しい金沢紙袋を土産入れなどに利用していただくことで、観光客の金沢の思い出づくりにもお役に立てるのではと考えています。
SDGs関連の第2弾商品としては「マルシェカート」を開発中です。布製品の加工工場から出る廃棄される紙管と、電気屋さんから出るダンボールなどの廃材を活用した什器です。屋台のように押して移動でき、手作りマーケットなどで使える“かわいくて映える什器”を目指しました。通常、什器は数十万円ほどですが、10万円以内のお手頃価格に設定。今後は折り畳めるように改良してサイズのバリエーションを増やし、全国に向けてのレンタル・販売事業も視野に入れています。
現在、教室の拠点となっている「新保屋」には、さまざまな作家さんや起業家さんが集い、活気あるコミュニティが生まれています。コロナ禍が落ち着いたら、みんなの力を結集して「全国のご当地フェア」を計画中です。沖縄、北海道、福岡など人気エリアからテーマをひとつに絞り、手作り作家さんたちを招いての「旅行×仕事」を提案したいと思っています。作家さんたちの宿泊や食事、観光をまるごとお世話して負担を軽減。こうした交流を続けて、全国に輪が広がっていけばいいなと思います。
message/ 女性先輩起業家からのメッセージ
profile/ プロフィール
ラッピングと水引の金澤くるみ:中崎千恵子さん
金沢市出身。大学卒業後、金沢の雑貨店や事務職を経て、ラッピングでの起業を思い立ち、単身大阪へ。大阪のラッピング店で2年間修業した後、金沢に戻り、2014年にラッピングコーディネーターとして起業。2015年7月にはラッピング専門店「金澤くるみ」を開店し、ラッピングのほか、教室やコンサルタントなどを幅広く手掛けるように。現在は、金沢市泉野出町にラッピングの店舗・工房を設け、週末には金澤表参道の「新保屋」で水引アクセサリーなどの教室を開催し、観光客の人気を集めている。ラッピングコーディネーター、和風ラッピングコーディネーター、ラッピング協会認定講師。
https://kanazawa-kurumi.com/
※2021年度取材
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